「桜の咲く頃に」を読む

姉妹 3月29日
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あれ、こんなことって……2週間前に部屋を見に来たときにはここまでチェックしなかったから……。
 荷物整理も一段落した引越し3日目、阿梨沙は集合郵便受けの前で立ち尽くす。
 前に住んでいたと思われる人宛ての郵便物が、郵便受けに残っている。郵便受けの上には、宅配業者のメール便が置かれている。
 これって、郵便局や宅配業者に転居届を出してないし、引越し先にも住民票を移動してないんじゃないのかしら? それにしても、結構溜まってる。いつごろ引越していったのかな? こんなに届いてないんじゃ引越し先で困ってるんじゃないのかしら?
 管理人室に行ってみることにした。
 引越しの日に挨拶した50代のおやじがいた。
「あれ、神園さんの妹さんだったかな? もうだいぶ落ち着いた?」
「ええ、まあ」
「それで、今日は何か?」
「あの〜、ちょっとお願いしたいことがあるんですが、集合ポストに前に住んでた人のらしい郵便物や宅配業者のメール便が溜まってるので……お手数掛けますけど、その人に連絡取ってもらって、郵便局と宅配業者に転居届を出すように言ってもらいたいんですけど……」
「あ、うっかりしてたら、また溜まっちゃったんだ……お姉さんが部屋を見に来られたときにも同じこと言われて、処分したんですけどね」
 そう言いながら困ったように頭を掻いた。
「ところで、引越しの日から姿見てないけど、お姉さん元気ですか?」
 またお姉さんかあ。
 阿梨沙は心の中で呟く。
「姉はこのところ忙しいんですけど、おかげさまで何とか……」
 ふう、何とか取り繕えた。
「あの〜、前の人出ていってからだいぶ時間経ってるんですか?」
「あれ、お姉さんから聞いてないの? 古宮さんっていうんだけど、出てったわけでもないんだ」
 遠くを見るように呟く。
「え、それってどういうことですか?」
 首をかしげた阿梨沙の栗色の髪がふわりと揺れる。
「実は……1月ほど前から行方知れずなんだよ……」
 そう言いながら身を乗り出して、思いっきり窓口に顔を近付けてきた。
 阿梨沙は思わず後退りしていた。
 髪全体が黒々しているのに、両こめかみの生え際あたりに白髪が見える。
 あ、髪が伸びて染まってない部分が現れたんだ! このおやじ見た目よりずっと年食ってたりして。
 心の中でそっと呟く。
「そういう訳で連絡の取りようもないんだよ。警察に捜索願も出てるんだけど、事件や事故に巻き込まれたり、自殺の可能性がなきゃ、警察も捜してくれないんだって。それで、親御さんは、行方不明者捜索を支援してるサイトでも情報提供を呼び掛けてるんだけど、まだ何の進展もなくて……ごく普通のサラリーマン家庭で空家賃を払い続けるほど余裕もないし、いっそのことマンション引き払おうかどうしようか迷ってたときに、あなたのお姉さんが現れたって訳よ。友だちに住んでてもらえりゃ、万が一ひょっこり帰ってこられても、円満に出ていってもらえるってことで、大家さんも契約者と違う人が住んでもいいことにしたんだ」
「あ、姉は古宮さんの友だちだったんですか? 道理で古宮さんの家財道具もそのまま残ってるんですね」
「そういうこと。二人でワンルームはちょっと狭いかもしれないけど、姉妹だから仲良くやってね」
 姉妹? 二人で?
 阿梨沙は心の中で繰り返した。
 遠ざかっていく阿梨沙の後姿を目で追いながら、管理人はふわりと甘い香水の残り香を味わっていた。

 またかあ……。
 アクセスした覚えのないサイトが、知らないうちにお気に入りに追加されている。サイトアクセス履歴を見ても、身に覚えのないサイトが並んでいる。
 自分が部屋にいない間に、また「お姉さん」がネットやってるのかしら?
 メールチェックをしたり、オークションを見たり、明日の天気予報を調べたりしていると、寄せては引いていくような眠気の波が襲ってきた。
 瞼が閉じてしまわないうちに、ネットのタブを閉じようとした瞬間、朝耳にした苗字がふと頭に浮かんだ。
 もしかして……。
「行方不明者捜索」で検索を始める。検索結果一覧の一番上に表示されている、「行方不明者検索チャンネル」を開く。
 やっぱり行方不明者の捜索をサポートしてるサイトがあったんだ!
 ゆっくりページスクロールしながら、失踪者の写真を眺める。
 写真の下に名前が出ている。
 あれ、これかもしれない。他に同姓の人はいない。
 写真をクリックすると、詳細情報が現れた。
 失踪時期も管理人の言った通り1ヶ月前だ。失踪地域も合っている。
 こんなに簡単に見つかるなんて信じられない……。
「古宮翔太」という若者は、ぱっちりとした二重瞼で、鼻筋が通っている。
 ちょっとしたイケメンだ。
 もしまだどこかで生きてたら、いつか会ってみたいな。こんな男となら、満開の桜並木の下を二人で並んで歩くのも悪くない。
 阿梨沙の脳裏には、大学の正門から本部事務局の建物まで続く並木道が浮かんでいた。 
 写真に見とれていると、なぜか遺影写真を見ているような錯覚に襲われた。
 怖くなって、慌ててパソコンを終了させた。

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