1/2ページ目 子どもたちのはしゃぎ声が聞こえてくる。 目を開けると見慣れない天井が目に入った。 小さな薔薇が散りばめられたカーテンの向こうが、白んできていた。 同じく薔薇柄のベッドカバーの上で、加恋が安らかな寝息を立てている。 深夜に話しているうちに、いつの間にか眠り込んでしまったらしい。 加恋を起こして、二人一緒にトイレに入る。 「ありがとう。でも、歯も磨かないで寝てしまうなんてね……」 加恋が差し出した歯ブラシのパッケージを破りながら、千佳が決まり悪そうにぼそぼそと言う。 「千佳、何か変だと思わない? まだ5時回ったところなのに……なんで近所のガキどもがこんなに早くから起きてんのよ」 加恋が何とか搾り出した声は、かすかに掠れて震えていた。 「さあ……外に出てみないことにはわからないけど、あたしたちこんな顔じゃ……」 「……出ていける訳ないよね。ったく、この間オフ会で首吊った奴らと同じ顔色になってるよね……顔色が悪いなんてレベルを通り越してる」 鏡の中の加恋は、蒼白を通り越して真っ白な二つの顔を、見比べている。 「やっぱ千佳が言ってたように、あんなオフ会になんか行くんじゃなかった。千佳、こんな事に巻き込んじゃって、本当にごめんね」 加恋はすまなさそうに目を伏せる。 「後悔しても後の祭り。今更謝ってもらってもどうにもならないし……でも、加恋、オフ会から帰ってすぐは何ともなかったんだよ、あたしたち」 ぞっとするほどの冷めた口調で、千佳が言う。 「と言うことは、もしかして……」 加恋が考え込むような仕草をすると、一瞬二人の間に沈黙が流れた。 自分が考えていることを相手も考えていることが、言葉など交わさなくても、お互いに痛いほど伝わってくる。 「……四日前にあの和菓子屋で食べた桜餅おいしかったよねえ。あたしたち立花麗香に勧められるままに桜の葉も食べた……」 二人が共有する思い当たる節を、千佳が言葉で表した。 「やっぱりね……」 加恋は小さくうなずいて、力なくその場に崩れ落ちた。 夕空の下、高い所を除いて葉がきれいになくなっていた桜の木が、二人の脳裏にフラッシュバックしていた。 「あたしたち後どれくらい生きていられるのかなあ?」 千佳がぽつりと呟いた。 「小畑さん、始発までまだ15分程ありますけど、外が騒がしそうっすよ。何かあったんっすかねえ」 立花はのろのろと布団から這い出し、眠気眼を擦りながらベランダのサッシに近寄る。 ガラス越しに冷たい外気が伝わってくる。 外に目をやった瞬間、そのまま凍り付いた。 「いつもなら後半時間は寝てられるのになあ……何か見えるか、立花君?」 「……」 立花は呆然と立ち尽くしている。 小畑はよろよろと立ち上がり、立花の横に並ぶ。その途端、信じられないといった様子で目を見張る。 「おい、まさか、あ、あれって……季節外れの雪じゃないよな。いや、俺らが寝入っている間に、急に冷え込んだようだし……」 そう言いながら、小畑はしどろもどろだなと自分でも思う。 「……わかんないっす。行ってみるしかないっすよね」 ようやく立花は口を開いた。 ジャージ姿の男が二人夜明けの街を彷徨う。 駐車場の車も、児童公園の遊具やベンチも、花びらが散ってしまった桜の木も、白い砂のような物質に覆われている。 此処彼処にカラスの死体が散らばっていた。 「そう言えば、今朝カラスの鳴き声聞こえなかったよなあ。毎朝決まって4時過ぎにうるさくて、目が覚めてしまうのになあ」 小畑の口から白い息が舞い上がる。 「この白い砂って、毒性があるんっすかねえ。これだと最近よく耳にするカラス対策もいらないっすよね」 「立花君、変だと思わないかい? 外に出てから……人っ子一人見掛けないじゃないか」 小畑の声が心なしか震えているのは、寒さのせいだけじゃなさそうだ。 「そう言われれば、さっきは歓声を上げて走り回る子どもの声が聞こえたのに……」 否が応にも立花の不安が掻き立てられる。 小畑は自分の目を疑った。 すぐ横を歩いている立花の足が見えない。次の瞬間、下半身が透けて見えた。そして、上半身も見えなくなった。 恐る恐る自分の足元に目を落とすと、足が消えてなくなっていた。それが小畑がこの世で最後に見た光景だった……。 やがて、白い砂の中に埋もれていたカラスたちが、両羽を広げてバタバタさせ始めた。 しばし空を舞うと、群れを成し、どこかへ飛んでいった。 明け方頃から急に冷え込んできたのかなあ。キャミでベッドに潜り込んだときには、寒さなんて感じなかったのに。でも、こうして目が覚めた朝は、隣に誰かいてくれれば……古宮翔太タイプだったら……。 醒め切らぬ意識の中で、阿梨沙はそんなことを思う。 トイレに立ったとき、外から近所の子どもたちの騒ぎ声が聞こえてきた。 日曜日の早朝なのに、何かあったのかしら? 何の気なしにテレビをつけると、テレショップをやっていた。その後はソファにもたれて、次々と紹介される商品ををぼんやりと眺めていた。 「チャララン、チャララン、チャラララ、ラ〜ン」 突然、恐怖を呼び起こすようなチャイムが鳴ったかと思うと、緊張した声が聞こえてきた。 「放送中の番組をここで中断して臨時ニュースをお伝えします。関東地方の一部で本日未明、白色の砂状の物質が積もっているのが見つかりました。この物質に埋もれている多数のカラスの死体も同時に発見され、物質の人体への危険性が懸念されています。現在、厚生省では物質の分析を急いでおり、人体への影響がないことが確認されるまで、『素手で触らないように』と注意を呼び掛けています。環境庁からは、黄砂や噴火の情報もなく、物質の発生原因は現時点では不明です。 奇しくも、本日未明2時ごろ、桜木県桜庭市にあるカルシウムタブレットやプロテインパウダー等のスポーツサプリメントを製造している工場で、爆発を伴う火災が発生しました。警察は事件との関連を慎重に調べています。引き続き、新しい情報が入り次第お伝えします」 臨時ニュースは終了し、元の番組に戻った。 ところが、阿梨沙は凍りついたように微動だにしない。 目を閉じても、今し方見たものの残像がいつまでもちらつく。 臨時ニュース放送中、アナウンサーの後ろに何やら人間らしきものが多数映っていた、そんなところに人がいるはずもないのに。そして、下半身がぼんやりと透けていた。 [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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