「桜の咲く頃に」を読む

カラスの鳴かない朝 4月日19日 
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 その頃、加藤は事故が起きた工場に向かって車を飛ばしていた。
「日曜日だしこんなに早けりゃ道すいてるだろうから、後1時間もかからんだろうな」
 固い表情でそう呟きながらアクセルを踏み込む。
 対向車も少なく、快適なドライブが続く。
 県境を越えて桜木県に入ろうというところで、バス停が見えてきた。
 そこのベンチに見覚えのある娘が一人ぽつんと座っていた。
 加藤は思わず車を停めた。
「先日オフ会でお見受けしましたが……」
 そう言いながら胸の大きく開いたストライプスーツに見とれてしまう。
「あ、あの時は確か黒のトレンチコート着てましたよね」
 きっちりとボタンを上まで留めたスーツに、ちらりと視線を流す。
「ちょっと急いでるんですが、もしよかったら、途中まででも乗っていきませんか?」
「迷惑じゃなかったら、お願いします。始発バスまでまだしばらく時間があるので、困ってたので……」
「じゃ、どうぞご遠慮なく。行き先はどちらですか?」
 スリットからちらちらと覗く太腿から目を離すことができない。
「桜庭市です」
 加藤の目がきらりと鋭い光を放った。
 まさかこの娘もスポーツサプリメント製造工場を目指してたりして……大方、神園里緒奈の指示で動いてるのだろう? 
 加藤は助手席に乗るように勧めたが、チェリーフラワーは後部座席に乗り込む。
 しばらく車を走らせているうちに、後ろから声が聞こえなくなったことに気付き、加藤は不安になってバックミラーを覗き込む。
 娘が映っていない! 
 だが、早朝起床で睡魔にやられてしまったのだろうと思い過ごす。
 そのまま走っているうちに、車内は冷気に包まれた。 
 妙な胸騒ぎを覚える。
 信号待ちで後部座席を振り返ると、娘の姿はなかった!
「ひえー!」
 加藤は恐怖の悲鳴を洩らした。 
 がたがた震えながら車を発進させると、いきなり後ろから首を絞められた。
 必死に抵抗しようとしても、この世のものとは思えない力の前には成す術もなく、喉に長い爪がぐいぐいと食い込んでくる。
 薄れ行く意識の中で、次第に視界がぼやけ始める。
 加藤がこの世で最後に見たものは、バックミラーに映る血の気のない女の顔だった。
 真っ赤な口元ににやにやと笑みを浮かべていた。
 車はそのまま走り続け、赤信号で停車中の前の車に追突、瞬く間に炎と煙に包まれた。 
 交差点上空では、人の形をした黒い影の群れがうごめいていた。
「ぎゃー」
「た、助けてくれー」
 群れを成して飛来したカラスは、必死の形相で逃げ惑う通行人の頭をつつき、目をえぐる。
 血を流しながら人間たちはバタバタと道に倒れていく。
 カラスたちは、視神経が垂れ血が滴る目玉をむさぼる。 




















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