「桜の咲く頃に」を読む

二人の女子高生たち 3月29日
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「加恋、新しいマンションの住み心地どう? 週末に引っ越したんでしょう?」
「まあまあってとこかなあ」
「でも、学校の近くに越してきたから、これからは夜更かししても、朝ゆっくり寝てられるからいいね」
「それはそうだけど、中古マンションだから、エレベーターもないし……」
 語尾を濁すと、加恋はいきなり話題を変えてきた。
「こういうの花曇って言うんだよね、千佳」
「うん。曇り空の桜ってどことなく寂しそう。もう七分咲きってところかな? それにしても平日なのにガキ連れのおばさんの多いこと」
「春休みだからしょうがないよ。あたしちょっと桜の写真撮っとく。毎年この時期になると、桜の花を目にするだけで幸せな気分になれちゃう」
 そう言うなり、加恋はふわふわの白いファーバッグから、ピンクゴールドの携帯をさっと取り出す。
「ねえ、千佳、こんなにりっぱな一本桜だったら、やっぱり埋まってんのかなあ?」
 何か意味あり気な笑みを浮かべている。
「加恋、何言ってるのかわかんないよ」
 千佳の眉間に皺が寄る。
「千佳、知らないの? 桜の木の下には死体が埋まってるって言うじゃない?」
「え、あたしそんなこと聞いたこともないよ」
「そっか……ねえ、千佳、全然話変わるんだけどさ、『悩める子羊』ってサイト知ってる?」
 広げられたお弁当に目を奪われながら、加恋は思い出したように言う。
「え、そんなサイト見たことも聞いたこともない」
「……表向きは、迷える若者たちがお互いの悩みを打ち明け合って助け合う健全サイトってことになってるんだけど……」
「裏があるってこと?」
 千佳は急に声を潜める。
「そう。サイト内に裏ページがあるらしいんだけど……」
「そこに何があるって言うのよ?」
「……自殺志願者を集めて定期的にオフ会が開かれてるって言うし、希望者には自殺の手助けもしてくれるそう……」
 決まり悪そうに、小さな声が答える。
「加恋、あなたまさか自殺考えてるわけ?」
「そんなー! あたしだってまだ死にたくないよ。ちょっとおもしろそうだなって思っただーけ」
 ぺろりと舌を出す。
「加恋、そんなオフ会なんかに行くと、生きて帰れないかもしれないよ」
「大丈夫だって」
 心配そうな表情を浮かべる千佳を気にも留めず、加恋は続ける。
「それでさあ、裏ページの入り口見つけるの手伝ってくんない?」
「あたしパスする。加恋に死んでもらいたくないもの。ねえ、このベンチに座ろうよ」 
 さらりと受け流すと、千佳はさっさと腰掛けようとしている。
「あたし今日はついてるのかなあ? ちょっとそこ見てごらんよ。あたしが先に見いつけたんだからね」
「加恋、そこってどこよ? 何言ってるのよ!」
「そこだよ、そこ。千佳の斜め後ろ」
「あ、見えた! 黒いケータイ」
 立ち上がって振り向いた千佳がそう言い終わるか終わらないうちに、すばやい動きでベンチの後ろに回り込んだ加恋は、雑草の中から携帯を拾い上げていた。
「ちょっと、加恋、何か気味悪くない? あたし何だかすっごく嫌な予感がするんだけど……もしかして今はもうこの世にいない人がこの世に残していった物かもしれない。もし恨み、未練、妬みなんかの負の感情を残して死んでいった人だとしたら……」
 心なしかその声は震えているようだ。
「千佳、何言ってんのよ! そこいらのチャラ男がうっかり落としていったのかもしんない。あれ、つかないよ。こわれてんのかな? 充電してみないことにはわかんないよね。確か駅前にこのケータイ会社のショップあったよね」
 千佳の不安をよそに、加恋はのんきなものだ。
「う〜ん、持ち主がケータイ会社に連絡して利用停止にしてるはずだから、あそこで充電するのはやばいかもしれない。いっそのこと交番に届ける?」 
「ちょっと待った! 商店街の漫画喫茶に無料のケータイ充電器ってなかったっけ?」
「あるよ。あたし使ったことないけど、見たことある。行ってみる?」
 花見客を横目に見ながら、二人は公園を斜めに横切っていく。

「何だここも小学生でいっぱいだね」 
「春休みだから」
 二人はドリンクコーナーで飲み物を取ると、お目当ての充電器のあるパソコン席に直行する。
「さて、始める?」
 加恋は千佳の目を覗き込む。
「機種設定して、暗礁番号入れてっと」
「ちょっと、加恋、暗礁番号どうするのよ?」
 千佳が不安そうな声を出す。
「0000でいけるって。この会社のケータイは初期設定がそうなってるの。ロック掛けてる奴って浮気してるとか、何か後ろめたいことがある奴だけだって」
「そうだね。あたしも掛けてない、面倒くさいから」
「ほら見なよ。後は充電終わるの待つだけだよ」
 加恋は口元をほころばせる。
「……実は、あたし試験前はここ勉強部屋代わりにしてるんだ。図書館は静か過ぎて返って落ち着かないけど、ここは適度な雑音があるから……ここはあたしの秘密基地ってとこかな」
 そう言って、千佳はいたずらっぽく微笑む。
 飲み物のおかわりをすると、加恋は早速例のサイトであちこちクリックしている。
「ここに『裏ページへの入り口はこのページのどこかにあります』って書いてあるけど、一体どこにあるって言うのよ」
「ねえ、加恋、あたしの勘では、この子羊の群れの中に入り口がありそうな気がするんだけど……」 
 千佳が横から覗き込んでいる。
「え、一匹ずつクリックしてみろって? やってみようか?」
 加恋は、画面上を右から左に群がって移動する子羊を片っ端からクリックしていく。
 間もなく、裏ページへの入り口画面が現れた。
「やったー! 千佳、あんがと」
 加恋が思わずガッツポーズを取っている。
「裏ページへの入り口」の上でクリックすると、パスワード入力画面が現れた。
 しかたなく前画面に戻る。
「このページのどこかにパスワードのヒントが隠してあります」と書いてある。
 だが、加恋が目を皿のようにして探しても、それらしき物はない。
 そうこうしているうちに、入店後30分が経とうとしていた。
「加恋、そろそろ行くよ。あたし延長料金払いたくないからね」
 千佳は会計カウンターに向かって歩き出している。

 店のドアを出て、千佳は階段の踊り場で加恋の肩越しに携帯の写真を見る。
「あれ、ツーショットが何枚かあるよ。お、チャラ男じゃなくて、イケメンだ! ウインドとチェリーだって! イケイケカップルって感じだよね。でも、男の表情がちょっと暗いかな? 加恋、ちょっと何してるのよ」
「発信履歴見るのよ。え、同じ番号ばっかじゃん。相手は彼女かな? 今度は着信履歴見ようっと。あれ、空っぽ。削除したのかなあ? でも、発信履歴残ってるから、削除したとは考えにくいし……こんなに彼が掛けてるのに、どうして彼女掛けてこなかったんだろう? ツーショット見る限り、両想いって感じなのにね」
「もしかして、彼女の身に何かあったんじゃ?」
「病気とか事故とか? でも、それだったら、彼女の家族と連絡がつけば、わかることでしょう、何度もしつこく掛けなくても」
「じゃあ、彼女一人暮らしだったりして」
「というより、普通そんな時って電話なんかしないで、見舞いに行くよね。それができない理由でもあったのかなあ?」
「だったら、事故にしても病気にしても、倒れたのは彼のほうかもしれない。う〜ん、あたしたち考え過ぎじゃない? 単なる彼女の心変わりだったりして」
「じゃあ、このイケメン相当未練がましい奴ってこと?」
「ちょっと、加恋、何してるのよ?」
「とりあえずこの番号に掛けてみようかなって……」
 加恋は携帯を耳に当てたまま千佳を見つめる。
「つながんないの?」
「『お客様のお掛けになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめになってもう一度お掛け直しください』だって」
「メール履歴は?」
「送信は空っぽ。削除したのかなあ? 着信は1件だけ残ってる。2月24日9時4分。『今夜7時決行。迎えにいく』。相手の名前は出てない」
「それってちょっとやばくない? ケータイ利用した犯罪に関わってたりして。普通ケータイ落とすと、すぐケータイ会社に連絡して利用停止にするよね、悪用されることもあるから」
 千佳は怪訝そうに目を細める。
「利用停止の連絡しなかったってことは、もしかして……」
 加恋が考え込むような仕草をすると、一瞬二人の間に沈黙が流れた。
 それを破ったのは千佳のほうだった。
「……彼はもうこの世にいないか、行方不明になってるか……もしかしたら……彼女の身にも何か起こったのかもしれない」
「あたしそろそろ行かなきゃ。今日はうちで食べるって言ってきたから……」
 そう言いながら、加恋は階段を下り始めた。
「あたしたちが知らないだけで、これって事件だったりして……あたし後でぐぐってみるよ」
 千佳は急に加恋に歩み寄り、声を潜めた。

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