「桜の咲く頃に」を読む

翔太 1月4日〜      
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 意識を取り戻したとき、機械の作動音が響いていた。
 薄目を開けると、蛍光灯の白い光が眩しかった。真っ白なシーツが敷かれたベッドの上に寝かされていた。真上の白い天井と部屋をぐるりと囲む白い壁が迫ってくるような圧迫感を覚えた。
 一瞬自分がどこにいるのかわからなかったが、体を動かそうとして、いろいろな管や装置が繋がっていることに気付いた。
 救急車で病院の集中治療室に運ばれてきたんだ!

 いつものように渋滞中の車の列の横をすり抜けていた。もう少しで信号待ちの先頭に出られるというときだった。
 信号が青に変わった瞬間、目の前に急に左折するトラックが出てきた。反射的にブレーキを握ったけれど、間に合わなかった。車に巻き込まれ、バイクごと吹っ飛ばされていた。
 周りの音が消え、景色がスローモーションになって見えた。
 地面が目の前に迫ってくる。
 あ〜ぶつかる。痛いだろうな。
 そんなことを、心の片隅で思った。
 その直後、物凄い衝撃とともに意識が消失した。

 あれから一体どれだけの時間が流れたのだろう? 今何時だろう?
 反射的に左手首に視線を向けようとしても、体はまったく動かない、そもそもまだそこに腕時計があるかどうかすら疑わしかったが。
 辺りを見回すうちに、壁時計を見つけたが、どうやら患者用ではないらしくベッドからはよく見えない。
 窓がないので、外の様子がわからない。時間どころか昼夜の区別も付かない。
 暖房が効いていたから、正月早々、関東地方が記録的な大雪に見舞われ、窓の外も当たり一面真っ白になっていることなど想像もできなかった。
 やがて気持ちが落ち着いてくると、涙がこぼれた。
 生きているんだ。あーよかった。命拾いをした。 
 更なる試練が待っていることなど、その時の古宮翔太は知る由もなかった。

 見舞いに訪れる友人も何人かいた。だが、翔太の変わり果てた姿を目の当たりにして掛ける言葉が見つからないのか、一様に無口だった。時折ちらちらと投げ掛けてくる視線も翔太を哀れんでいるようだった。
「翔太、生きていてくれただけでよかった」
 両親に言われた言葉の真意は、医者の説明を聞くまでわからなかった。
「下半身の機能障害はどこまで回復するかわからない。一生車椅子の生活を強いられることもあり得る」
 そう医者に告げられたとき、一瞬、頭の中が真っ白になった。
 しばらく静養してリハビリに専念すれば、またバイクに乗れると思ってたのに……。両親も、息子が元のように歩けるようになることなど、期待しちゃいないんだ。
 集中治療室から一般病棟に移ると、すぐリハビリが始まった。
 そう簡単に諦めるもんか! バイクに乗ったとき、風になれたんだ。もう一度バイクにまたがって見せる!
 翔太はそんな強い意志を持って臨んだ。
 一人でトイレに行けるようになるのにそれ程時間は掛からなかった。といっても、歩けるようになったわけではない。ベッドから車椅子に、車椅子から便座に、便座から車椅子に、車椅子からベッドに移れるようになっただけだ。
 血の滲むような努力にもかかわらず、その後はたいした進展もなく、翔太の望みは粉々に打ち砕かれた。
「身の回りのことが自分でできるようになっただけでもよかったじゃないか」
「今後のことは心配しなくていい」
 両親の腫れ物にさわるような態度がやりきれなかった。
 おやじは、毎晩の晩酌しか楽しみがない、しがないサラリーマンだ。高卒で就職して、残業代もつかないのに、毎日遅くまで会社に残ってるらしい。俺が高校の頃は、「お前は大学くらいは出ておけ」っていうのが口癖で、今は、苦労して学費を工面してくれてることくらいわかってる。
 それなのに、俺ときたら、ろくに授業にも出ないでバイトに精出して、バイク買った後も、勉強なんかそっちのけで、暇さえあればツーリングに出かけていた。そして、事故に遭った。
 トラックの運転手がちゃんとバックミラー見てくれてりゃ、こんなことにならずに済んだのかもしれないけど、今更そんなこと言ってもどうしようもない。それより経済的余裕もないのに、一生自分を世話していかなければならない両親のことを思うと、自分が情けなくなる。  
 そんな思いを巡らせているうちに、ふっと「自殺」の2文字が翔太の脳裏に浮かんできた。
 一旦そんな考えに取り付かれると、完全に克服するのは難しい。その日を境に、断続的に襲ってくる自殺願望を何とか抑え込む日々が続いた。
 実行に移す勇気なんてなかったけれど、翔太はとりあえず自殺志願者のオフ会に参加してみることにした。

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