「桜の咲く頃に」を読む

恋心 三月四日
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 キーンコーンカーンコーン……。キーンコーンカーンコーン……。
 六時限目の終了を告げるチャイムが、学校中に鳴り響く。
 あー、やっと終わった。
 一日中机に顔を伏せて死んだようにじっとしていた涼平は、地中から甦った屍のようによろよろと立ち上がった。
 今日は空手部の練習日じゃないから、阿梨沙に会えるかな?
 仄かな期待に胸を膨らませ生徒で溢れる廊下に出て、栗色の長い髪の少女を捜す。
 空手部の練習をさぼって、六時限目終了のチャイムが鳴ると同時に、あわただしく下校してしまうこともあるので、練習日じゃないからといって会えるとは限らない。
 彼女の姿を見つけただけで、涼平の頬は自然と緩んでいく。
 放課後のざわめきが静まった頃合を見計らって、二人は誰もいなくなった教室にこっそり戻った。
 向かい合って座ると、それまで抑えられていた気持ちが言葉となって口から溢れ出した。
「会いたかった。放課後が待ちどうしかった」
「あたしも……こうして見ると涼平君の机って落書きだらけだよね。授業中に先生に隠れて描いてんだ」
「そんなことよりいよいよ来週から学年末試験が始まるよね。僕今回は平均80点に届けばいいんだけど……前回はもう一息だったんだ」
 涼平は悔しそうに顔をしかめる。
「……あたしなんかいつももっと悪いんだから……」
 そんなこと言っても、阿梨沙はさほど気にしていないようだ。
「そんなことないって。阿梨沙って僕なんかよりずっと頭いいはずなんだけど……本当の実力が試験に反映されないって言うか……」
 涼平はうまく伝える言葉が見つからなくて、もどかしそうだ。
「あたしは勉強しても……どう言えばいいんだろう? 記憶に残らないっていうか……ときどき自分が何をしてたのか思い出せないこともあるし……」
 阿梨沙も返す言葉が見つからなくて、返事に詰まっている。
「……阿梨沙ってつかみどころないよね。僕のことじっと見つめてたり、並んで歩いてるとき、手が触れても、引っ込めないでそのままにしておいてくれる。それで、少しでも好意を持たれてるのかと思うと、嫌われてるとしか思えないことがある。人が変わったように、話し掛けても目を逸らしたり、触れた手を払いのけたり……」
「……」
 無言の阿梨沙の目が遠くを見ている。
「でも、僕はこのままで構わないんだ、阿梨沙は、僕が心を許せる唯一といっていい相手だから。君に巡り会えたことだけで、生きててよかったと思ってる。君の知ってるように、僕って人に心が開けないっていうか……人とうまく関われないから……」
「それはお互い様よ。あたしだって涼平君ぐらいしか心許せる相手いないから……ところで、4月からクラス替えだよね。同じクラスになったりしたらどうしよう? 仲良くしてることみんなにばれたら、いやがらせされるかも……」
「何言ってんだよ。阿梨沙が空手やってることくらいみんな知ってるから、下手に手を出してきたりしないって」
 やがて話が尽きる頃には、夕闇が校舎に忍び込んでいた。
 二人は教室を出て、薄暗い、長い廊下を進んでいく。
 曲がり角や階段の脇に何か潜んでいるような気がして、阿梨沙は背筋に薄ら寒いものを覚えた。
 校舎を出て、校庭の片隅を並んでゆっくり歩く。
 二人の足元から長く伸びた影が夕闇に同化していく。
 校庭や体育館や校舎から、遅くまで部活を続ける生徒たちのかけ声や楽器の音が、聞こえてくる。
 阿梨沙の栗色の長い髪が風に吹かれてさらさらと舞う。
 怪しく薄紫色に染まった空を背にして、淡紅色の桜の花びらが弱々しく揺れていた。

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